全ては瞑想から始まった
私が若造の頃、腸と脳の関係が、
気になって気になって、たまらなくなったのは、
腸活ブームからではなく、
瞑想に興味を持ち、ある程度自分で実践していた頃でした。
瞑想中に多幸感に包まれるのは、脳内ホルモンによるものだ、
ということはわかっていました。
しかしながら、そのホルモンの前駆物質が腸で作られていると知ったからです。
前職、木工職人は集中力と感性の仕事。
自分を何とかして向上させようとしていた若造は、
藁をも掴む思いで、
ヨーガ行者、成瀬雅春さんや
認知科学者、苫米地英人さんの本を読みまくり、
何度も瞑想にチャレンジしていました。
腸内細菌のバランスが、幸福ホルモン生成の決め手だと知り、
「腸内環境が悪いということは、不幸ってことなのか」、と思考停止。
さらには、
「そうか、イエス・キリストやお釈迦さんも断食をしていたという記録があるということは彼らも腸内環境の大切さに気づいたのだ。」
と、早合点。(実際にはそういった解釈はありません)、
早速断食を始め、2、3日で挫折するという愚行を繰り返し、
一時期なんとなく太りやすい体質になってしまったような
時期がありました。
ところが、ある仕事日の昼休みに瞑想をしていると、
脱力した身体の中心に軸ができて、
そこにポーンと入ってしまったような体感が生まれました。
そして、360度全部「光」という感覚になりました。
私にとって、今でも、その時が最も深い瞑想だったと思います。
断食などしておらず、その直前に体に入れたのは、
納豆でもヤクルト1000でもなく、
保存料の入ったケチャップと発色剤入りのベーコンが入った、
ナポリタンスパゲティでした。
しかも納期に追われた職人らしく、ものすごい早食いでした。
ひょっとしたら、発がん性のある発色剤と保存料のちゃんぽんと
急激な血糖値の上昇が一時的に、
私の頭をトリップさせたのかもしれません。
「なるほど、合気道の開祖が体験したという、黄金体験というのはこのことか!」
と一瞬思っていた時期もありましたが、
ちょっとも強くなっていない自分に気づくのに時間はかかりませんでした。
心と身体は同じもの
こうして私の中で「瞑想の達人は腸活をしている」説はもろくも崩れ去り、
腸内細菌と脳内ホルモンの関係のみが
心身のプチ健康知識として私の中で取り扱われるようになりました。
ところが、新たな出会いを重ねるうち、
自分が喜べる好きな食べものを、
自分が好きな人と一緒に食べて、
腹八分目にすればいいのではないのか
と思うようになりました。
そして、「瞑想の達人は(ささやかな)腸活をしている」説として
生まれ変わり、私の中で定着しました。
単にそういった方々は、
節度のある人々なのであり、極端なことをせず、
喜びを燃料に生きているから、
という当たり前のことに、かつての若造は気付きませんでした。
そういった瞑想ではなく迷走から、
心と身体は繋がっている
↓
心と身体は双方向で情報のやり取りをしている
↓
( ゚д゚)ハッ! 心と身体は同じもの
という小さな悟りに至るのに、
そう時間はかからなかったと思います。
そのたわいもないひらめきが、
瞑想の成果だったのかもしれません😅
つづく
